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軍管理の慰安所があったのは日本とナチスだけ。ドイツは日本みたく正当化はしない(慰安婦問題)

 安倍晋三首相と韓国の朴槿恵(パククネ)大統領の初会談がようやく実現した。従軍慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた「河野談話」を否定するような発言が要人から相次ぎ、日韓関係の溝が急速に深まったこの1年。この機に従軍慰安婦問題がなぜ世界で問題視されるのかを整理してみた。【吉井理記】

 ◇軍管理=ドイツと日本だけ/「河野談話」見直し論→戦争に無反省の印象

 ◇首相「募集の強制性示す証拠見つからず」→女性の自由奪った時点でアウト

 籾井勝人(もみいかつと)・NHK会長の「(慰安婦制度は)戦争しているどこの国にもあった」発言は海外メディアからも批判を浴びた。歴史的事実はどうか。

 「確認されている範囲では、第二次大戦中に国家管理の慰安婦制度があったのは日本とドイツだけです。ドイツは実態がよく分かっていませんが、どこの国にもあった制度ではありません」。そう両断するのは慰安婦問題に詳しい中央大の吉見義明教授だ。

 日本の慰安婦問題をおさらいしておこう。従軍慰安婦は戦時中、日本軍が派遣された中国や東南アジア各地の慰安所で、将兵との性行為を強いられた朝鮮人、中国人、フィリピン人、オランダ人などの女性たちで、日本人も少数ながらいた。軍事基地の周辺には歓楽街ができることが多いが、慰安所は軍が設置・管理した点で異なる。女性たちは軍の要請に基づき、主に民間業者が集めた。ただ全体像を示す資料がなく、慰安婦の数も学者の推計によってまちまちだ。1991年に元慰安婦の韓国人女性が補償を求めて名乗り出たことから日本政府が調査に乗り出し、93年に軍の関与や強制性を認めた河野談話を出した。

 吉見さんは「軍や官憲が女性を拉致したという強制連行を示す資料がないのは事実です」とした上で「問題の本質は違う。慰安所に入った女性に何らかの強制性が加えられればその時点で『アウト』、許されないことなんです」と説明する。吉見さんによると慰安婦は四つの自由、つまり▽居住の自由▽外出の自由▽廃業の自由▽性行為拒否の自由−−がない状態に置かれ、それはこれまでに見つかった日本軍の慰安所管理規定を見れば明らかだという。

 さらに「米軍がビルマ(現ミャンマー)の慰安所にいた朝鮮人慰安婦を聞き取り調査した報告書には、女性たちは業者にだまされて連れて来られた、あるいは借金返済のために働かされていた、と明記されています」(吉見さん)。刑法なら当時でも誘拐罪、借金のカタに慰安所に入れられれば現在の人身売買罪が成立するケースだ。

 「注意すべきは慰安婦の移送や慰安所管理をしていたのは軍だということです。だから女性がだまされて連れて来られたら、それを軍が知らないわけがない。『日本軍による強制はない』と主張する人たちは、軍が業者と共犯関係にあったことを見過ごしている」

 ちなみにビルマの報告書に「慰安婦は許可があれば外出できた」と記されていることが「慰安婦に外出の自由があった」と一部の論者が主張する論拠になっている。しかし吉見さんは「言い方を変えれば『許可がなければ外出できなかった』。つまり行動の自由が剥奪されていたことを意味します」と指弾する。

 一部保守派からは強制性の否定と河野談話見直しを求める声が根強い。安倍首相は「談話見直しは考えていない」とするが、腹心の菅義偉官房長官は、談話の作成過程を検証すると表明。首相側近の自民党萩生田光一総裁特別補佐は「新しい事実があれば新しい談話を」と発言し、ちぐはぐな対応が続く。

 こうした状況を国際社会はどう見ているのか。国際政治から慰安婦問題を研究する青山学院大の羽場久美子教授は「問題とすべきは『証拠』や『強制性』ではなく、戦争の歴史をどう認識するかです。『強制連行があったか』『どの国もやっていたことなのではないか』といった議論は、戦争への無反省と取れる態度なのです」と強調する。

 羽場さんはドイツを例に出す。「ナチスユダヤ人虐殺を指示した文書はいまだ見つかっていないし、死者数も論争がある。しかし大量虐殺の事実は厳然としてある。仮にドイツ政府が『証拠が見つかっていない』と言い出したらどうなるか。欧州では考えられないことが日本で起こっていると言わざるを得ません」

 そもそも従軍慰安婦問題がこれほど注目されるきっかけは、安倍首相が第1次政権時の2007年、慰安婦の募集について「強制性を示す証拠は見つかっていない」と国会答弁したことだった。これが各国の非難を浴び、米国やカナダ、元慰安婦のいるオランダに加え、欧州連合(EU)議会でも相次いで日本政府に謝罪を求める決議が可決される引き金となった。

 国際法に詳しい神奈川大の阿部浩己教授は「日本では慰安婦問題は『戦争中の出来事』として語られがちですが、国際社会では違う。慰安婦制度は女性への性暴力であり、人種差別や人身売買と並んで21世紀に解決しなければならない現在進行形の問題だという意識が強い」と話す。橋下徹大阪市長の「慰安婦制度が必要だということは誰だって分かる」が国際的にいかにズレていたかが分かる。

 03年に設置された国際刑事裁判所の規定に「人道に対する罪」として「強制売春や強姦(ごうかん)、性的な奴隷」が挙げられているが、これは日本の従軍慰安婦問題を受けたものだという。「強制連行があったかどうかではなく、女性がどのような状況に置かれたかが問われている」と解説する。

 国内と海外の視点のギャップはなぜ生じるのか。阿部さんは「戦後、日本は安全保障条約を結んだ米国の事実上の保護下にあり、アジア諸国と真正面から向き合うことも、戦前の政権の徹底的な否定や過去の清算をすることもなくきてしまった」と見る。ドイツでは戦後、ナチスを弾劾し、カギ十字の旗を使うことを法で禁じるなど徹底的に否定した。日本の場合、米国が対アジア外交の「緩衝材」となり、ドイツほど国際社会復帰のためのハードルが高くなかった。羽場さんは「戦前と戦後が切り離されていない」と表現する。

 吉見さんはこんな提案をする。「河野談話の検証? 僕が首相や官房長官だったら、いっそ徹底的にやります。談話の元になったのは韓国人の元慰安婦だけで、中国や台湾、東南アジアなどの女性は含まれていませんから。加えて法務省が管理しているB、C級戦犯の資料は調査がまだまだ不十分。中国にも未調査の旧日本軍資料が眠っている。日本にとってはきつい選択だが、中韓などと徹底的に議論し、過去を克服する時期が来ていると思います」

 とにかく、要人の気まぐれな発言のたび、各国から批判の矢が飛んでくる状況は勘弁してもらいたい(毎日新聞記事)